時計は時と言う思い出を一緒に刻んでいくものです

店内の壁一面には、振り子時計や鳩時計などが掛けられ、棚には目覚まし時計をはじめとする置き時計、ショーケースの中には宝石のように輝いている腕時計がすまし顔で並んでいました。

 

壁掛け時計は家の象徴、目覚まし時計や腕時計は自分で時間を管理できる大人になった証として就学や進学就職時に大人から贈られる子供にとっては憧れの時計でもありました。

 

そんな時計屋さんが、以前はどんな小さな町の商店街にも必ず一件はあったものです。

 

店内の奥まったところには、一見気難しそうな店の主が座っていて、このおじさんが利き目にルーペを嵌めて時計を修理している様子。バラバラにされた小さなビスや歯車を分解しては組み立て直して時計を蘇らせてくれるまるで魔法使いのような時計屋さん。映画やドラマに登場する何となくノスタルジックな光景。

 

時計がファッションの一部として使い捨て扱いされるようになったのとほぼ同時ぐらいに地元の小さな商店街がシャッター街と化して、町の時計屋さんの姿を少なくなりつつあります。

 

しかし、時計が無くなるどころか今も多くの人に愛用されていますので、その時計を修理する技術も廃れてしまったわけではありません。

 

時計は、きちんと修理に出してメンテナンスをすれば、長い間きちんと時を刻み続けてくれます。時を測るための時計は、それぞれの人生の転機に手に入れたり贈られたりする場合が多く、言ってみれば人生を伴に刻んできた相棒と言える存在です。

 

童謡の「大きな古時計」の歌詞のように、一緒に長い年月時を刻みて行くのが時計なんじゃないでしょうか。