古い年代物の柱時計を何度も修理した思い出

古い年代物の柱時計は、ただ単に時を知らせるためだけの物ではないです。柱時計にはただそこに存在しているだけで味わいがありますので、たとえ古くなっても綺麗にして長く使っていきたいです。ただ、古ければ故障することは免れませんので、その都度修理をしなければいけないです。

 

私の実家にあった古い年代物の柱時計は、何回か修理に出されています。子どものころは何の故障もなく普通に作動していたのですが、高校生のころになると故障することが多くなってしまいました。両親はその都度柱時計を時計店へと引き渡し、修理してもらっていました。

 

子どものころから目にしている家の中の物がなくなってしまうのはさびしいと感じていましたので、修理されてまた動き出した時はとても嬉しかったです。その柱時計は今考えてもとても風情のある代物だったので、私の家になくてはならない物でした。

 

ですが、そんな柱時計も私が上京するころには壊れてしまい、ついに修理不能になってしまいました。さすがに長い間ずっと動き続けていただけに、疲れてしまったのかもしれません。ですが、長い間とてもよく頑張ってくれましたし、懇意にしていた時計店にも修理してくれたお礼をしたい気持ちになりました。

 

何度も修理するという考え方は、今の時代にもしかしたら合っていないのかもしれません。ですが、柱時計が修理されていたことは非常に良いことだと思いますし、私が家を持つようになったら柱時計をぜひ置いてみたいです。